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2017-10

★フレブル誕生の歴史と本家ブルドック★ - 2009.07.04 Sat

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はるパパがブルドックに噛まれたということを はるパパのブログ で知り、
ブルドックとフレンチブルドックについて緊急特集を組みました。
はるパパを噛んだブルドックは19世紀のイギリスイギリスで産まれたブルドックの
亡霊だったのでしょうか・・・ 
⇒⇒ ブルドックに噛まれたはるぱぱを見たい方はここをクリック



『フレブル誕生の歴史と本家ブルドック』



まずはブルドックの歴史

ブルドッグは、イギリスイギリスの700年にわたる犬の闘技の歴史そのもので、犬種名はブル(雄牛)と闘争させる競技(ブルベイティング)に由来する。
ブルベイティングは13世紀にイギリスイギリスの貴族が始めたのを切っ掛けに全国に広がり、19世紀に至るまで庶民の人気の娯楽であった。
ブルベイティングは杭につながれた雄牛♂に対し、数頭の犬を放し、最初に牛の鼻に噛み付き、牛を倒した犬のオーナーには高額の賞金が支払われた。

ブルドッグには、美しさや均整など他の犬種に望まれたものがブルドッグに求められる事はなく、ひたすらこの闘技に都合の良い体形、性格に改良されて行った。
◆口吻を短くし、鼻が口先から後退して上を向いている事で、牛に噛み付いた時に呼吸が楽にできた。
◆下顎を発達させる事により、噛み付く力を増強した。
◆短足で体高を低くする事により、牛の角による反撃の際にすくわれないようになった。
◆牛の角によるダメージを小さくするために皮膚がたるんでいる事を良しとし、断耳もされていた。
◆首を短くし、重心を前躯に置く事により、噛み付いた牛に振り回された時の遠心力を小さくした。
◆体重が重い方が闘いに有利であり、当時のブルドッグは60kg近くに達していた。
◆性格も好戦的で獰猛なものが選抜された。

しかし、動物愛護の観点からイギリスイギリスでは1835年に犬の闘技が非合法となり、闘犬の歴史が終わるとブルドッグの出番が無くなった。
闘技に都合の良いように全てを改良された犬が他の役務に役立つ事はなく、血統の存続が危ぶまれたが、一部の熱心なブリーダー達がブルドッグの保存と改良に乗り出し、現在のブルドッグを作り出した。

最も留意されたのは闘争的、好戦的な気質を取り去る事で、この点ではブルドッグは別の犬に生まれ変わったと言って良い。
現在のブルドッグはその顔貌とはまったく異なる温和な性格の犬となっている。

犬の闘技は13世紀から19世紀まで公然と行われていたので、ブルドッグは「勇気」「不屈」「忍耐」の象徴として名誉あるイギリス国犬の地位を得て、イギリスイギリス海軍のマスコットにもなっている。

善良で勇敢、優しく温順、些細な物事に動じない沈着で忠実な犬種であるが、訓練性能は低いと言わざるを得ない。
後躯が貧弱(骨盤が小さい)で頭部が大きいので出産に際しては難産を覚悟すべきで、しばしば帝王切開に至る。暑さには極端に弱いので、飼育環境には注意を要す。

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ではフレンチブルドックの歴史

フレンチ・ブルドッグフレブルの起源については諸説あり、論争も盛んである。
イギリスイギリスはイギリスのブルドッグが原種であると主張しており、現在この説が国際的に最も定着している

ブルドッグ原種説に沿って考えると、1860年頃イギリスイギリスの小型のブルドッグがフランスフランスに渡り、パグ黒パグ?やテリアなどと交配されて作出されたのがフレンチ・ブルドッグフレブルであるとされる。
フランスに於けるフレンチ・ブルドッグフレブルの作出過程の多くの試みは、ブルドッグの本家であるイギリスイギリスに逆輸出され、ブルドッグそのものの改良に貢献したことも事実である。
背景には本家ブルドッグが闘犬禁止法令(1835年)により闘犬としての職を失い、ブルドッグ犬種存続のためには闘争的な性格を改良する必然性が高まっていたことがある。
フレンチ・ブルドッグフレブルはブルドッグの小型化と闘争心の排除に役立ったと言われている。

そもそもフレンチブルドッグフレブルの主たる特徴は、闘犬が最盛期のイギリスイギリスのブルドッグに望まれた資質と正反対のものである。
闘犬ブルドッグの繁殖過程で生まれた小型軽量、立ち耳、温和な性格の犬はイギリスイギリスでは注目される事がなく、イギリスにいた大勢のレース職人が集団移住した際にフランスフランス持ち出され、パグパグやテリアなどと交配し、まったく用途の異なる犬に仕上げられたと見るべきである。
フランスフランスの繁殖家たちはこの犬に「ブルドッグ・フランセ(フレンチブルドッグ)」という名前を付け、こぞってこの耳の立った「コウモリ耳」の犬を繁殖し始めました。
19世紀も終わりになると、フレンチブルドッグは、上流階級の人々からも注目を集めるようになり、たくさんのフレンチブルドッグがすばらしいお屋敷キャッスルで飼われることになりました。

フランスフランスで飼育された当初、コウモリ耳とローズ耳の個体が混在しており、ローズ耳への回帰の傾向が強かった。
フレンチブルドッグがイギリスイギリスのブルドッグのミニチュア版に帰する事に反対し、あくまでコウモリ耳ばっとまんにこだわったのはアメリカアメリカであった。

1898年、ニューヨークで開催されたフレンチブルドッグの単独ショーで現在のスタンダードによるフレンチブルドッグが公開された。
フランスフランスとイギリスイギリスで起源について論争のあるフレンチブルドッグを最初に純粋種として認めたのがアメリアメリカカである事が興味深い。
その上品で優雅なショーは、お金持ちの観衆を魅了し、フレンチブルドッグは、アメリカ人ハリーたちを完全に虜にしてしまいます。
その後、上流社会でのフレンチブルドッグの人気は急上昇し、1913年には、アメリカで人気ナンバーワンのショードッグに輝くことになりました。

海外のブリーダーHPより引用。どうもすみません'^_^'
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● COMMENT ●

悲しいですね・・・

人間の欲望を満たすため
闘うためだけに改良され続けたブルドッグe-443

イギリス国犬の地位を得たものの
闘いの中でたくさんの命が失われてきたんだろなぁ・・・

きっとボクを噛んだブルドッグは
まさしく19世紀の亡霊かもですe-447

フレブルはセラピードッグなので安心ですよネv-218

そうですね

人間の娯楽の為に戦い、死んでいくって寂しいですねv-12
私もしっかりフレンチの歴史勉強していなかったので、自分自身も勉強になりましたよv-91
でもネットで調べたのですが、結構みんな微妙に違ったりするんですよね。
はるパパの足が早く治りますように…v-345

ボクも勉強になりました♪

やっぱフレブルネットさんは勉強家ですねぇv-221
ボクもこれからフレブルについて色々と勉強しなくちゃで~すe-420
また色んな情報を教えて下さいねぇ~e-348

傷口はほぼ完治しましたぁv-221
ありがとうございま~すe-266


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